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中東情勢に関する講演要旨

中東情勢に関して今日行った講演の要旨です。

エジプトならびにテュニジアの反政府デモは、政権交替をもたらした。両国に共通するのは、都市型国家であり、GCCをのぞく中東諸国の中でもネット普及率が高く、政府の補助金削減により、最近消費者に直結する物価が高騰し、元首が長い間独裁制を敷く一方で、国民一人あたりの軍事費が低いことにある。報道では、貧困率や若者の多さを強調する向きもあるが、テュニジアは、いずれの数字も中東世界では低いので、報道を鵜呑みにしない方がいい。一人あたりGDP1万ドルを切る国では、危険性が高まるが、その一方で、各国は大衆デモに対する備えを高めており、既に厳しいアルジェリア、イエメン、ヨルダン、バハレーン、イランをのぞくと、エジプトやテュニジアにおける状況とは同じではないようだが、楽観視はできない。

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 いずれにせよ、テュニジアに始まった政府および政府のクライアント(甘い汁を吸ってきた人々)を対象としたデモの力を軽視してはならないが、その特徴は、ショート・メールに代表されるメッセージであり、これらのメッセージの向かう対象が統一された国では強い力となっている。

 このショート・メッセージが今後、いかなるストーリーに編纂されるかは不明確で、エジプトやテュニジアにおいても、暫定政府は不安定を抱えたままである。我が国としては、状況を注視し、情勢の安定化を支援する必要があろうが、留意すべきは、①大衆革命の参加者達は、外国の介入を極度に嫌っている、②米国ならびにイスラエルにとっては、影響力の後退につながる蓋然性が高くなっている、③内憂を外に転嫁させるロジックが復活する兆しもあり、ハマースおよびヒズボッラーは力を伸ばす可能性がある、の3点であろう。

 望むべくは、中東の民生安定に向けた支援、米国に「アラブかイスラエルか」を迫られる前に可能な対処等が必要となろう。また、きめ細かい邦人支援およびアラビア半島に火の手が上がるときのエネルギー高騰に対する対処への準備も望まれるところである。

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テヘランでのデモ

言うまでもなく、中東での大衆行動に関心が集まっている。

この問題は、中東以外の国々の体制への影響にとどまらず、我が国においても油価等を通じた様々な影響がありえる大きな問題である。かりに、我が国が約1割の石油輸入を依存し、世界の石油産出量の5%以上を生産するイランに飛び火する場合には、石油の1.1%しかスエズを通らないエジプトのインパクトよりも、はるかに大きなものになることが予測される。

昨日のテヘランにおけるデモは、ムーサヴィ並びにキャルービといった一昨年の大統領選後の大衆行動の主役たちが関与して組織的に呼びかけられたものと言われ、事前に多くのサイトやメール等で熱く取り上げられた。昨日の朝には、在日イラン人をお呼びし、議員有志でもその思いを拝聴した。またこのようなデモが成功するとすれば、他の国と違って、最初から受け皿が用意されたものとして、新しいパターンが見えてくることになろう。

熱い思いを抱く方々が、百万人集めると豪語したデモは数千人にとどまった。この背景としては、すでにデモが展開している国の状況を見て、多くの中東の国々がデモに備えを打ち始めていることが挙げられると思う。呼びかけを行うサイトを閉鎖して、ディスインフォメーションを流す、都市に流入する人々を制限し、デモ隊の中に私服の政府支援者を潜入させて中から疑心暗鬼にさせ参加を逡巡させる、強固な手段を示しておく、等々である。それは、タイのアビシット派によるタクシン派デモ制圧の手法に似ていると言えるのかもしれない。

このような準備は、自国は関係ないと踏んでいたであろうバハレーンおよびすでにデモが拡大しているアルジェリア、イエメン、ヨルダン等を除き、一定の効果を上げ始めているのかもしれない。更なるモメンタムが中東にもたらされない限り、もしかすると、大衆行動を行う側にとっては更なるハードルができたと言えるかもしれない。

その意味では、限定的に終わったと言えるにもかかわらず、その最中に死者が出てしまったのは、イラン当局にとっては痛手であったのかもしれない。新たなイランの展開に今少し注目する必要があるようだ。

平成23年2月16日記

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抗議活動の拡大

テュニジアで始まった大衆抗議活動は、ムバーラク退陣という歴史的出来事を成し遂げた。

このデモは、ヨルダン、アルジェリア、イラク、イエメン、モロッコ、レバノン等に拡大し、震源のテュニジアでも未だに継続しているようだ。また、今日、テヘランで、18日にはシリアでもデモが企画されていると聞き及んでいる。

これらのデモは大衆の不満の発露であることは事実ながら、組織のされ方も、その要求の内容も異なるようだ。ヨルダンにおいては職能組合等が、政府による価格抑制政策に反発し、あるいは逆に大衆が物価の高騰に反発している由で、テュニジアでは大統領退陣にもかかわらず継続する旧態依然とした権力構造への挑戦、アルジェリアではテュニジアと同様に労働組合や官製野党が一定の役割を果たしているようである。その一方で、イランにおけるデモは、政権交代のにおいが強いようである。

イラクにおいては、継続する不安定に対するあらゆる不満が凝縮された感があり、ある場所では政府の腐敗、ある場所では停電への不満、ある場所では配給食糧の削減への不満、そしてある場所では、再度独裁化が懸念されるマーリキー首相への反発といった形で、行動が起こり始めている。イラクのデモは、大都市貧困地域および南部が主役のようで、現時点では、ムクタダー・ッ=サドル一派以外の過激な勢力により利用されているようには見えないが、イエメンのアビヤーンでの混乱などは、同地に根を張っていると言われるカーイダ系には好機と写るのかもしれない。

このように見てくると、デモの悪い意味での発展系もまだまだありそうだし、エジプトやテュニジアでは、移行時期と言えども、不安定要素が小さくなさそうである。大衆活動の行方から、まだ目が離せない。

平成23年2月14日記

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ムバーラク・エジプト大統領辞任

ムバーラク大統領が辞任し、軍最高評議会が大統領の全権を引き継いだ。

一時、ムバーラク大統領派のデモおよび暴力を伴った制圧活動が功を奏するように見えたが、結果として政府への不満を背景とした群衆が勝利した。アラブ世界では動員政治は必ずしも珍しいことではないが、かかる政権側や政党に主導された動員政治を、匿名の大衆が凌駕した事実は、新たな時代を予感させるに十分である。

この歴史的な事態は、中東諸国のみならず、世界的にも影響を及ぼすことになろう。テュニジア並びにエジプトで発生した変化の理由はさまざまに語られているが、中東世界における14歳以下の人口を比較してみてもテュニジアの若年人口比率は最も低い等、必ずしも報道で言われていることは事実ばかりではない。しかしその一方で、GCC諸国を除く諸国の中でエジプト並びにテュニジアのネット・アクセス比率は高い。大規模なデモが伝えられたヨルダンも同様である(ただし、イエメンは低い)。さらに、近くデモが予定されていると言われるイランなどでは、不満を表明するサイト潰しが頻発しており、政権側も国民の不満の提言およびネットへの対処に追われているようだ。

これらネットを中心に発せられた反政府の主役は、ショート・メッセージであった。これらのメッセージは政権および政権のクライアント(たとえばエジプトでは、失業対策として多数雇用されてきた警察)であった。政権および政権のクライアントを標的としたがゆえに、本質的な生活の不満の解消には至らずとも、テュニジアではこの標的が消えたためにデモがある程度鎮静化し、逆にムバーラク大統領のtoo small too lateの対応ではデモは終息せずに大統領退陣が必要となったのであろう。

さて、このショート・メッセージは不満の表明を主たる内容としたが、問題はこれからである。これらのショート・メッセージを取り込み、「ストーリー」に化す作業が必要となる。79年のイラン革命は大衆革命であり、シャー政権に対する不満の表明であったと理解するが、ホメイニ師はこれを「ストーリー」にし、ヴェラヤーテ・ファギーを具現化した。現在のテュニジアの暫定政権も、エジプトの最高評議会も、ショート・メッセージを「ストーリー」に仕立てるだけの力も支持もないものと思われ、現時点では移行期の役割を果たすにとどまり、問題の完結を将来に引き延ばしたにすぎないようである。ムバーラク政権と一体化した米政権は、途中で政権に引導を渡し、軍との協議を通じてムバーラク退陣の陰の力となったが、はたしてタンターウィ評議会議長は「ストーリー」の主役となれる人物であるかは疑問であるし、対イスラエル関係を含め、軍と米国の思惑通りにシナリオが進展するかも疑わしい。

このように考えると、テュニジアもエジプトも、本年内、まだまだ変化がありそうである。

平成23年2月13日記

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エジプト情勢

エジプトが大きな転機を迎えているかに見える。

テュニジアの政変の際には、ツイッターに、この大衆革命が国境を越えるか、国外から帰国する勢力が大衆の怒りに融合できるかがカギである旨記した。主なき大衆革命は、国境を越えて、エジプトで火を噴いたのである。

この状況に対して、ムバーラク大統領は全閣僚を更迭して、彼らに責任を押し付けると同時に、自らの権威を誇示した。さらに、「自由と安全を守る」と述べ、自らがエジプトを擁護する立場にあると強調し、事態の収拾を図った。しかしながら、怒りの対象がムバーラク自身であるのに対し、この自信に満ちた態度は、逆に火に油を注いだようである。

そもそもエジプトには、エル・バラダイIAEA前事務局長やムスリム同胞団等、大統領のライバルは存在する。しかし、ムバーラク大統領は対抗者を許さない実質的な独裁体制を敷いてきた。また、ナーセルやサダートと比較され、「何もしない大統領」と揶揄されてきた。さらに、消費者物価の高騰や恒常的な失業の存在、貧富の格差等、社会に問題は常に存在してきた。これらのマグマが噴火したのであろう。

現状については、報道に頼るしかないが、大衆に対峙する警察と様子見の軍という構図の下、外出禁止令が大衆動員の号令となり、エジプト大衆はあたかも「運命の日」が来たかのように前に進んでいるようだ。また、ムバーラク政権を支えてきた米国に対する不満も表れているようだ。

政権の立場に立って現況の打開を早期に図るとすれば、①軍が政権を支えると表明し、大衆の軍に対する期待を裏切ること、②ムバーラクが退陣を表明し、早期の総選挙を約束すること、③外国の関与や国民の望まない指導者が声を上げること、等が考えられよう。

エジプトにおいては、失業対策として警察官が大量に雇用されているが、大衆は警察に対する尊敬の念が薄い。その一方で、歴代大統領をはじめとする政治家を輩出してきた軍は権威を有している。

この軍であるが、中東の大衆革命の動きの際には、これまでもカギを握ってきた。テュニジア並びにイランの大衆行動に対して、静観を決めたことで革命が成就したケース、イラクやエジプトの青年将校団のように、軍自身が決定的役割を果たしたケース、湾岸戦争直後のイラクにおける大衆蜂起を軍が制圧したケース等である。イラクにおいては、サッダーム・フセインの独裁に対する反感は存在したものの、米国等、外国勢力の関与やイラク人の憎しみが制裁や米国にも向いていたこと等から、当時、軍は大衆蜂起に正当性を認めなかったのかもしれない。

いずれにせよ、現在、介入を避けているように見える軍がどのような立場をとるかが重要に思われてならない。

平成23年1月30日記

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