ガザ支援デモ@ダマスカス
14日、シリアに到着して二日目、イラク人難民申請所訪問やシリアの日雇い労働者に対するインタビュー等を行ってきました。
朝のテレビを見ていると、昼過ぎからガザの子供たち支援のデモを実施するという告知が流されました。イスラエルによるガザ攻撃開始以来、アラブの世論は燃え上がっており、各国でパレスチナ支援のためのデモや支援物資送付の輪が拡大しつつあるようで、「見学」に行ってきました。シリアやイラクのような社会主義系の国は、伝統的に動員がうまく、主催者の言う1万人参加という数字ほどではないにせよ、5千人程度が参加しているように見えた大規模なものでした。彼らは、学校やチャリティ組織に所属するものが中心で、情報省からメッザの国連事務所まで行進をしていました。
参加者の多くが子供や女性であったせいか、デモ自体が過熱することはなく、イスラエル国旗を燃やすときおよび国連事務所前でスローガンを叫ぶときがもっともボルテージが高まった程度で、99年のイラク空爆の際のシリア民衆の政府ですら制御の利かなったデモの二の舞になるようなことはありませんでした。
彼らのなかで個人的に関心をひいたのは、「ガザはもう一つのカルバラーである」と書かれた横断幕を先頭に行進する一団でした。彼らは、ハーシミーヤ奉仕財団の人々で、シリアに居住するシーア派の組織で、「カルバラー」とは言わずと知れたイマーム・フセインの惨殺を指しています。また、彼らは、同時に同じシーア派のヒズボッラー支援を強く打ち出していました。
デモは国連事務所でイスラエル非難の署名を手渡して解散となりましたが、「平和はどこにあるんだ」と子供が描いたらしい紙を手に行進する幼子が妙に印象に残りました。別な10歳の子供に、「なぜパレスチナとの協調が必要なのか」と聞くと、「イスラエルによる占領が終わるまで我々は戦い、イスラエルをやっつける」と述べていました。
子供たちが生々しい戦いに過激な主張をする...まだまだ、平和は遠いようです。
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コメント
「カルバラー」とは言わずと知れたイマーム・フセインの惨殺.もっとガザの腐敗した内政を知ったほうが。。。ガザ事態が、独裁者(フセイン同様)の自治区ですよ。それらはイラクの人どうようパレスチナ人の責任でもあります。あれだけの資産を持っていたアラファト、いろいろな国からの援助金がどこにきていますか?中東はこと話題になるためパレスチナに多大な援助金が世界各国からいっていますよ。ガザが今の様になったのはエジプトにも問題がある。イスラエルだけではないですよ。アラブ諸国は自分たちの負の歴史も冷静に見る必要があると思います。
イスラエル滞在
投稿: イスラエル滞在 | 2009年1月28日 (水) 16時09分
コメント、ありがとうございます。
おっしゃる通り、PLOやファタハの腐敗はよく知られたことだと思いますし、それがハマースの伸長を招いた側面も否定できないと思います。また、現在のパレスチナ情勢にアラブ人の負うべき責任は軽くないと思います。
他方、「どちらに責任があるか」や「いずれが正しいか」といった見方や善悪二元論は偏見を招きやすく避けるべきとも思います。少なくとも私は、いずれかを善悪で語るほどの結論にまでは至っていません。
また、ガザが独裁政権下にあるかは疑問ですし、サッダーム政権も「独裁」で片づけるにはあまりに複雑な統治形態であったと理解しています。イスラエルにせよアラブ諸国にせよ、サッダーム政権にせよ、一般論として、冷静で複眼的な見方が必要に思われてなりません。
投稿: Saddam | 2009年1月28日 (水) 21時22分
PLOやファタハの腐敗>実は中東問題に首を突っ込んだ人くらいしか知らなかったりします。。。。実際20代そこそこでイスラエル人と結婚した日本人は「え?わからない」とうのが事実ですよ(笑)きっとそんなところがイスラエル人にとっても「平和でいいな~」っと感じるのでしょうね。
辛かったですよ、エアホースが毎日上空を飛んでいて、イスラエルバッシングがありましたでしょ。今のイスラエル政府には二国共存が私には見えてきません。
BANさんじゃないですけど、just stop! too maney peopele had died この一言です。もうやめてほしいです。
投稿: イスラエル滞在 | 2009年1月29日 (木) 00時43分
ファタハやPAの腐敗ってそんなに知られていないとは思っていませんでした。
レバノンでは、イスラエル空軍機が低空で威嚇飛行を行い、家のガラスを割られる家が出る等の事態も少なくなく、住民レベルで恐怖心が植え付けられます。パレスチナでは...イスラエルでは...
大事なことは、報復の連鎖をいかに食い止めるかということだと思います。
平和を語るためにも、なぜ紛争が起きるかをひとつづつつぶしていくしかないですよね。
投稿: Saddam | 2009年1月29日 (木) 01時08分
イスラエル側でも最も困るのが「ユダヤ過激派思想」の方たちです・・・・。。。
私は北海道で生まれています、アイヌの人たちは吸収されてしまいましたが母親からどれだけアイヌの人々がひどい目にあってきたか幼いころに聞いていましたし、また実際彼らも町に住んでいます。
こんなことがあったら毎回日本の占領した、占領された歴史と北海道の歴史を思い出します。
一神教徒ではない私としては彼ら(過激派)の思想がわかりません。人は故郷に戻る本能を持っていることはわかります。
先日も多少右寄りの人と話した時に、「神様がこの土地を僕たちに与えた」という話から、「あなたたちユダヤ人とアラブ人はいったいどこで生まれたの?あなたも故郷を思うように、アラブ人も同じでしょ・・?ベルツレヘムでイエスが生まれたのなら、すべてのクリスチャンもこの土地の権利があると思わない?」と質問していましたが「君はユダヤ人じゃないからわからない」・・・
困ったな~~っと。それでも私は小さなところから偏見をなくすということに努めてみます!
投稿: イスラエル滞在 | 2009年1月30日 (金) 12時36分
イスラエル滞在さん、再々のコメント、ありがとうございます。
ユダヤ教に限らず、すべての広く受け入れられた宗教に共通と思いますが、私は、宗教が戦争を主導する宗教戦争などそもそもないと信じている人間です。小生の知ることができる歴史的背景の判明する戦争を見ると、宗教戦争とよばれるものを主導したのは政治であり、宗教はそれを補強するために「使われた」のだと思います。
イスラエル・パレスチナの問題にしても、闘争よりも共存の歴史の方が長いはずです。彼らが転宗したから戦争が始まったとは思えません。それよりも、「国民国家」の成立に伴い、たとえばゲルマン民族のための国家を作ったドイツで虐げられた人々が「自分たちの民族だけのための国家」を求め、排他的になり、そこで排除された人々がまた、「自分たち民族の国家」を求めるという、近代的国家思想に基づく政治のなれの果てが、今の闘争、それに宗教が陰に陽に顔を見せているのではないかと思っています。
歴史は書きなおされるものですが、その際の宗教的記憶は、時に強烈な力を持ち得るものですから。
投稿: Saddam | 2009年2月 1日 (日) 22時34分