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キルクークにおける緊張の高まり

 イラクはよく知られたとおり、民族と宗派のモザイク国家であり、イラクの不安定の大きな要因は、この民族・宗派に起因する対立にあった。2003年の開戦以来、イラクにおける最大の不安定要因の一つとされながらも、大規模な衝突には至らなかったのが、イラク最古の油田が存在するキルクークをめぐる問題であったが、最近、この地域をめぐる情勢がきな臭さを増している。

 イラク北部のドホーク、エルビール及びスレイマーニーヤ県が構成してきた「クルド自治区」は、おおよそその地域を単位として、91年の湾岸戦争直後から、米国等の保護下、実質的な独立状態にあった。その後十数年間で、この自治区に居住する国を持たない世界最大の民族であるクルド人の民族主義は高まった。戦後の混乱と距離を置き、新生イラクの中で有利な立場を維持してきたクルド勢力は、少数派にもかかわらず、既成事実を積み上げ、独立的な地位を勝ち取ってきた。クルド人国家の独立に強く反対する隣国に囲まれ、海に接していないクルドではあるが、クルド地域が強い立場を維持し、将来の独立の可能性を維持するためには、大油田地帯であるキルクークを彼らの手にする必要がある。しかし、キルクークおよびキルクークの所在するタアミーム県は、トルコマン、アラブ人等の混在地域であり、激しい民族対立の火種を抱えている。またイラクの統一を強調する勢力からは、クルドの分離主義的とも取られかねない立場に批判が集まってきた。

 キルクークの帰属に関しては、イラクの新しい憲法が住民投票を実施して決定すると規定している。ところが、クルド側の大規模なアラブ人強制排除や、シーア派組織の組織的移住実施もあり、一時期緊張が高まった。また、住民投票期限の2007年末はいったん延長されたものの、いまだに実施されず、投票が実施されれば有利と考えるクルド側の不満を昂じる要因の一つになってきた。その一方で、タアミーム県の地方議会は、アラブ人がボイコットした選挙で実施されたためにクルド人が多数を占めており、少数派はクルドの地方行政に対し不満を抱いている。

 この問題が最近、きな臭さを増した理由は、クルド自治政府が外国企業に独自に油田開発契約を与えたことに加え、10月1日に予定されている地方選挙に関するイラク国会における議論がある。キルクークの帰趨が見えない中で、地方議会選挙のために必要な法律の整備は進まず、選挙は12月22日、あるいは来年にまで持ち越されそうな気配である。

 このような中でイラク議会は、地方自治選挙法を可決した。現行のタアミーム県議会は、41名の定数の内、26議席がクルド勢力によりしめられているが、同県の帰属が未決定の中でイラク議会は、同議会の議席をクルド人、アラブ人及びトルコマンの同数の定数にあらかじめ割り振り、その上で選挙を実施すると定めたのであった。この法案採決に際し、クルド系の議員は議会をボイコットした。さらに、この法律が実施に移されるためには、大統領および二名の副大統領で構成される大統領評議会の承認を得る必要があるが、クルド人のタラバーニー大統領はこの法律に拒否権を行使し、議会に差し戻した。

 議会外でも本件をめぐる混乱は、拡大した。スンニー派アラブ系の国民対話戦線は、大統領が民族的観点を優先し、職責を全うしていないとして辞任を要求し、あるいはキルクークの住民投票実施について発言したデ・ミストゥラ国連イラク代表に批判が集まった。さらに、クルド人が多数を占めるタアミーム県議会は、キルクークおよび周辺地域のクルド自治区への併合を求める決議を採択した。また各地で双方のデモが拡大し、7月27日、北部フウェイジャにおけるクルド人のデモにおいては、自爆テロが仕掛けられる等、この日だけで、57名が殺害された。キルクークのアラブ部族が、「アラブの忍耐は限定的」として武力行使をほのめかしたのに対し、クルド自治政府の民兵部隊がキルクーク周辺に展開し、アラブ地域に通じる道路は閉鎖された。モースルにおいては、スンニー派系イスラーム党のファトヒー幹部が殺害された。

 キルクークで火がつく場合には、イラクにおいて、これまで以上の混乱が拡大する可能性があるばかりか、トルコ等の隣国の介入も懸念される。イラク議会は結局、本件に関しまともな結論が出せないままに9月までの夏休みに入ったが、その背景には、議会がこれ以上の議論を進めて、火に油を注ぐことがないよう、時間をかけて鎮静化を図る意図があるとも言われる。現状では打開のめどが立たず、収拾に向けた積極的な措置も打てない中で、放置される問題と経過する時間は、混乱に貢献するのであろうか、あるいは鎮静に貢献するのであろうか。

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オルメルト・イスラエル首相辞任がイラクおよび湾岸情勢に与える影響

 オルメルト・イスラエル首相が汚職により、9月の選挙に立候補しないことを表明した。これは、歴代首相の中でも最も支持率が低下したことの当然の結果とも言える。今後は、イスラエルの内政および中東和平への影響が注視されるが、イラクおよび湾岸に対しては、以下のような影響が考えられよう。

1.辞任そのものに関する影響
 イラクは自国内政に手いっぱいで、政府と国民双方共に、イスラエルおよび中東和平に対し、大きな関心を抱いていない。湾岸諸国は、イスラエルと一定の関係を構築してきたが、現時点では、首相が湾岸に人脈を築いているとは言えない。逆に、2006年にオルメルトがイスラエルの核保有について発言した際には、カタル等が対イスラエル制裁を公言した。このため、実質が伴うかはともかく、表面上の拒否反応に鑑みれば、今回の辞任は、「それ見たことか」という反応を招くことが予測される。

2.中東和平および対イラン武力行使
 オルメルトの政権末期には、中東和平前線国に対しては、和平の進展を政治的得点にするためか、融和姿勢が強かったように思われる。この和平への流れは、湾岸諸国およびイラクにとっては、各論に異論があろうと、総論は賛成であろう。また、ブッシュ米政権末期のイスラエルによる限定的な対イラン武力行使(サージカル・ストライク)が噂されて久しいが、政権末期の窮状を救うための武力行使は、オルメルト辞任により、まずは遠のいたように思われる。
 より懸念されるのは、後任首相の政策であろう。後任には、リブニ外相、モファズ国防相等が取り上げられているが、イラン出身で強硬派のモファズが首相になる場合には、湾岸のみならず多くのアラブ諸国の懸念を惹起する可能性が高い。
 かりにモファズ国防相が首相に就任し、対イラン武力行使の可能性が高まったり、レバノンのヒズボッラーに対する強硬姿勢が見られる場合には、イランが域内に張り巡らせている影響力を行使して、域内の不安定化および警告に乗り出す可能性があり、たとえばイラク情勢の緊張があり得るかもしれない。また、イスラエルの動きに呼応し、バンダル・アッバース等のイラン海軍や革命ガードが騒がしくなる場合には、湾岸諸国をはじめとする中東各国に不安が拡大する可能性が高い。

3.米政権との関連
 ブッシュ大統領は、「偉大な大統領」として引退するためにも、中東和平の進展を積極的に進めてきたが、イスラエルが強硬な首相を抱く場合には、和平が後退する可能性もあり、そうなると、間接的に米政権に対する嫌悪感がイラクや湾岸諸国で強まる可能性も考えられる。

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