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コーランの銃創がもたらしたもの

イスラーム教の聖典「コーラン」もしくは「クルアーン」は、預言者が伝えた神の言葉を収めるもの、あるいは天井の「聖なる本」の写しとして、イスラーム教徒に伝えられてきた。それは、彼らの宗教、神の契約の象徴のみならず、日常生活と規範を規定するイスラーム法の基礎であり、さらには、正則アラビア語の拠り所でもある。

この重要な聖典が、イラク駐留米兵の射撃訓練の的になったことが明らかになった。

5月9日、バグダード市ラドワーニーヤに所在する駐屯地において、米軍兵がコーランを射撃の標的にした。同11日、いたずら書きがされ、14個の銃の跡が生々しいこの聖典は、地元の部族民により発見され、同地の人々を憤慨させた。

この事件を受けて、マーリキー首相は遺憾の意を表明したが、イラク議会のある議員などは、「イラク人が殺害され、居住する家が破壊されても、我々は沈黙を貫いたが、聖なるコーランへの冒涜だけは受け入れられない」として、犯人の訴追を強く求めた。

20日、イラク人の怒りに対してブッシュ米大統領はマーリキー首相と会談し、謝罪と共に、犯人のイラクからの帰国および訴追を表明したが、イラク側からは、イラク国内での裁判を求める声が上がり、本件は、イラク国内にとどまらない影響を与えそうである。

欧米におけるイスラーム敵視及び侮蔑の歴史は長く、欧米とイスラーム世界の相克に新たな否定的な事件が起こった。このことばかりではなく、米国内政という観点からも機微なイラク情勢について、否定的な影響がありそうだ。そもそも、米軍は必ずしもイラク人に歓迎されてこなかったが、スンニー派地域においては、微妙な感情の推移があった。スンニー派が多い地域では、イラクのアル=カーイダ等の反米勢力が活動を活発化させてきたが、「自分たち以外はすべてを否定する」イラクのアル=カーイダのような勢力に対し、現在の「覚醒評議会」が形になる以前から、スンニー派の諸部族は、根強い抵抗を行ってきた。宗派の利益が優先され、あるいは近隣諸国の影響が大きいとされシーア派地域の人々よりも、彼らの国益に対する関心は高いようにすら思われる。しかしながら、このようなスンニー派地域における事件は、再び強い反米意識をあおりかねないように思われる。

翻って日本では、マンガの中で、コーランを読む悪役が描かれて問題となった。出版社によれば、意図的な侮辱ではなく、無知に基づくものらしいが、前述のコーラン標的事件が発生した悪いタイミングもあり、より深刻にとらえた方が良いかもしれない。現時点では、この件はアラブ世界でも大きく取り上げられてはいないようだが、イスラーム教徒にとってのコーランの価値や、歴史的な被害者意識、現在の政治情勢と密接な関係にある宗教意識について過小評価すべきではないだろう。

アラブ・イスラーム世界においても、日本のマンガは、大きな評価を受けているところ、問題のマンガの出版元および著者は、事態が深刻になる前に、しっかりとした対処をすべきではないだろうか。

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