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マーリキー首相の賭け -サドル勢力掃討作戦の背景

 2006年以降のイラクにおいては、宗派を基礎とした民兵による対立が、最も深刻な被害をもたらしてきた。宗派対立とは言え、その実は権限・利権争いであり、その意味では、宗派内にも多くの対立が存在する。特に、シーア派内のサドル勢力とイラク・イスラーム最高評議会(SICI)との間には、根深い確執とライバル関係が存在し、以前にもカルバラーのモスク管理権限をめぐり大規模な対立が発生した。

 昨年8月29日のサドル勢力の一方的停戦により、イラクの治安状況は劇的に改善した。サドル勢力は、米軍およびライバル勢力との対立・交戦を通じて疲弊した組織の立て直しを図ると共に、強力な米軍の掃討作戦を避けて組織中核の保全を図った。この治安の一定の改善を受け、マーリキー政権としては、対立を解消するために国民融和を進め、政府の信頼を増し、あるいは不満を解消し対立を縮小させるために復興を進める必要があったと言えよう。しかしながらマーリキー首相はこのような選択をしなかった。あるいは、もはや国民の信頼が薄く、1年以上も政界再編を模索しながらそれすら達成できない「死に体」政権としては、政治的な環境整備に望みを抱くことはできなかったのかもしれない。政治的進展をもたらす代わりにマーリキー政権は、過激な勢力の切り捨てを伴う組織の建て直しに入ったサドル勢力の「弱体化」を前に、力による封じ込めという「賭け」に出たと考えられる。あるいは、その背景には、サドル勢力のライバルであるSICIの圧力があったのかもしれない。来年以降の米軍の駐留状況の見通しが立たない中で、米軍を避けて停戦し弱体化したかに見えたサドル勢力を、米軍がいる間に掃討することが必須と考えたのかもしれない。あるいはもしかすると、マリーキー政権の掃討作戦を事前に知らされていなかったとする米国の立場にもかかわらず、その直前にイラクを訪問していたチェイニー副大統領との間で、何らかの調整があったのかもしれない。

 このような背景ゆえにマーリキー首相は、「交渉はなく」、「最後まで断固として戦う」としたのではなかったのか。ところがこの不退転の覚悟にもかかわらず、戦闘は政府側の思惑どおりに進まず、武装解除なき停戦という結果に終わったようである。

 戦闘自体の結果だけ見れば、双方にとって決着がつかないままに終わったと言えようが、政治的には、マーリキー政権にとり大きな痛手となったように思われてならない。

 第一に、マーリキー首相にとって賭けであった「断固たる作戦」によるサドル勢力武装解除は成功せず、バスラ市においてはサドル派の戦闘中の拠点が拡大し、また、戦闘も複数の地域に拡大した。バスラの警察部隊の一部は「よろこんで」サドル勢力に投降した。米英軍の空爆や他地域の治安部隊のバスラへの投入も見られたが、サドル勢力の鎮圧は成し遂げられなかった。これは、政府が力でサドル勢力を封じ込めるのは不可能であることを証明した。
 第二に、マーリキー政権に強い影響力を有するSICIは、バグダードおよび南部におけるイラク治安部隊の主力を構成してきた。「イラク政府部隊」とサドル勢力の衝突と言うとき、その実は、SICI対サドル勢力に他ならない。今回の衝突の中でもこのような構図が色濃かったが、イランの仲介に際して、SICIのバドル旅団司令官が出てきたことは、問題の本質を表面にさらすこととなったように思われる。
 第三に、サドル勢力が組織的に動くようになったことが確認された。サドル勢力は一枚岩ではなく、2004年の米軍との停戦の際には、停戦指示が効力を発するまでに約1週間を要した。今回の衝突の前には、組織に亀裂が走り、指示系統も後退したと見られていた。しかし、停戦は比較的短期間で効果的なものになったように見えた。おそらく、攻撃を受けるにあたり、サドル勢力は逆に結束を強めたのではないだろうか。

 マーリキー首相の賭けは失敗した。今後は、力で排除できないはずのサドル勢力を含めた国民融和に進めるために、マーリキー政権が思考を変えていくか、あるいはマーリキー首相の指導力が地に落ちて退陣を余儀なくさせられるのか、が注目される。現在のままの緊張状態が放置されれば、たとえば米軍駐留部隊削減などをきっかけとして、たとえば内戦のようなより悪いシナリオが現実のものになるように思われてならない。

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