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トルコ軍侵攻?エルドアンの罠

イラクとトルコの国境付近がきな臭くなっているようだ。

トルコの新政権に対し繰り返し挑発的な行動をとり、攻撃を行ってきた武装勢力のクルド労働党(PKK)に対し、トルコ政権はイラク側に越境しての武力行使も辞さずとの姿勢を見せており、大規模な部隊が集結・展開している。

 トルコ政府側からすれば、PKKの攻撃から国民を守るためという大義名分があり、議会も越境攻撃を承認した。より正確に言えば、エルドアン・トルコ首相は、必ずしも越境攻撃に積極的ではないが、国内的な圧力に抵抗することができずにいるようである。トルコ国民の多くは、相次ぐ死傷者を伴うPKKによるテロ行為に対し、報復すべきであると考え、世論の後押しを受けて成立したエルドアン政権としては、この声を無視できなくなっている。他方で、国軍の動きも重要である。トルコ軍はこれまで、「世俗主義の維持と領土の統一の擁護者」として君臨してきた。かつては、イスラーム系政権樹立の可能性があるたびに介入するほどであったが、イスラーム色の強いエルドアン首相およびギュル大統領就任にあたっては、世論に押されて効果ある介入ができなかった。内政面で不満を溜め、国民からもいぶかしげに見られたトルコ軍は、トルコの領土的統一を危うくする「分離主義者(トルコ政府はクルド民族運動をこう呼ぶ)」に対して力を行使することを希望している。エルドアン首相としても、不満を外に向ける必要があるようだ。

 さらに、トルコからすれば、イラクのクルド人および米国に対して、武力行使の動きを外交的な手段として巧妙に利用しているように見える。イラクのクルド勢力は、同じクルドとは言え、PKKと協調したり、擁護したりしてきたわけではない。しかしながら、91年の湾岸戦争直後に米英仏により、実質上独立した立場を維持してきたイラクのクルドの状況は、トルコをいら立たせてきた。それ以降、イラクで大きく伸長したクルド独立に向けた運動はやはりトルコを刺激した。イラクのクルド人が帰属を主張するキルクークにはトルコが支援するトルコマンがかねてより数多く居住していたが、トルコ政府は、クルドによる強制移住・攻撃等に敏感に反応してきている。さらに、イラクにおいて石油法の制定が大幅に遅れる中で、クルド自治政府が独自に外国企業と石油開発契約を締結するような動きは、トルコ政府を歯ぎしりさせていたのかもしれない。トルコとしてはクルド民族の独立や民族的影響力の拡大は、トルコのアキレス腱としてのクルド民族主義を刺激するために、決して許容できない。このため、クルド側に圧倒的な軍事力を示しているのかもしれない。また、越境攻撃を行う場合には、クルド側は、「自衛権(イラク憲法によれば、自治区に自衛権はない)」を行使するとしているが、トルコ政府は、協議すべきはイラク中央政府とであって、クルド自治政府ではないと突っぱねている。トルコにとってみれば、経済的格差の大きい南東部は、イラクのクルド地区との交易により潤ってきており、この点は重要ながら、イラク領内から出撃するPKKを制圧し、イラクのクルド側にも圧力をかける方が重要と判断したのかもしれない。

 エルドアン大統領は、対米関係について、巧妙な動きを見せているようだ。米議会は、約100年前のトルコによるアルメニア人虐殺を決議したが、これに対しトルコは怒りを表明し、イラク北部への主要な米軍の供給窓口となっているトルコ・ルートを使わせないと表明した。これに対し米政権は、トルコ政府をなだめるのに躍起になっていた。このように米国がトルコの動きに迎合的になる環境を得ておいて、トルコ側は、イラク政府はPKKの活動抑制することができないとした上で、米軍が両国間の国境情勢を落ち着かせるべく直接的行動をとるか、そうでなければトルコの動きを黙認すべきと突きつけたのである。この問題は、米政府にとり機微で且つ複雑な問題であった。現時点でトルコの機嫌を損ねる選択肢が取れない中、米軍が直接的な武力行使に出れば、国籍こそ異なれ、クルド人を攻撃することになり、米国と最も良好な関係を築いてきたクルド人の反発を買う可能性が高い。逆に黙認すれば、今後の北イラク情勢に関連し、トルコにフリーハンドを与え、油田地帯キルクーク問題に油を注ぐ状況を看過しなければならいかもしれない。このような苦しい選択肢を前にして米政府は、対話と政治的解決を強調し、猶予期間を得ることに成功した。しかしこれはとりもなおさず、米国がこの問題のプレイヤーとして足抜きできない泥沼に陥ったことを意味している。もしも米国がトルコに強く出て、越境攻撃を許さない一方でPKKの攻撃も止まない場合、トルコ政府は、NATOに対し集団安全保障条項の発動を求めるかもしれない。これは米国にとり最悪のシナリオのはずで、イラクへの供給ルートをNATOに抑えられ、最も親米的な北イラクにNATOの影響が及ぶことになれば、イラク戦争以来米国がイラクで作り上げてきた枠組は、多国間協力の名の下にヨーロッパに持っていかれてしまう可能性がある。エルドアンが米国に仕掛けた罠から抜け出るのは容易ではないようである。

 さて、話を北イラクに戻そう。PKKの活動地域は、イラク・イラン・トルコが交わる「北東部三角地帯」およびアマーディーヤ街道以北である。この地域はそもそも、サッダーム政権時代から治安が悪く、山岳部で掃討作戦もままならない地域であった。3000名の勢力とも言われるPKKはこの地域を各国の国境を越えながら活動してきた。この山岳地帯におけるトルコ軍の作戦行動は、決して容易ではない。しかし、PKKの主たる潜伏先であるこの地域だけに攻撃が限られ、あるいはトルコ軍ポストが置かれる程度のことであれば、おそらく現実の問題はそれほど大きくないかもしれない。なぜならば、通常のイラク人は、PKKを恐れ、この地域に足を踏み入れてこなかったからであり、直接イラク民間人の生活が脅かされる可能性は極端に少ないからである。しかし、アマーディヤ街道を越えて、追跡作戦が実施されたり、PKKの補給路を断とうするような場合、事態は一気に緊張し、イラクのクルド側とトルコ軍の間の戦闘、板挟みの米軍という状態が現れる。また、PKKがイラン側に流入する懸念もある。イラン軍は国境警備を強化しようが、北部イラン・イラク国境の多くには、数多くの住民がおり、たとえばクルド民族主義の高まりを受けて、イランの反体制クルド組織KDPIなどが活動を活発させ、イラン領内に攻撃を加える場合には、イランによる迫撃砲による反撃等もあり得、民間人被害者も数多く出るかもしれない。

12月になると、北イラクでは積雪が始まる。この時期に「水入り」になるまで、事態を先延ばしさせるしか、複雑な状態を沈静化させる方法はないのか。それとも、エルドアンの罠をかいくぐって、イラクと米国が回答を見つけるのか、注目したい。

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