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アジア大会優勝:イラク人再登場

サッカーのアジア大会でイラクが初優勝した。混乱と悪いニュース続きのイラク人の歓びは極めて大きなものであるようだ。優勝に沸く群衆にテロが仕掛けられるような現在のイラクを象徴するような悪い出来事が発生したにもかかわらず、歓びの方が大きいようである。

この件に関して友人のイラク人からメールが来た。

曰く、「アジア大会での優勝に際して、我々が望んでいたものを見ることができた。イラク・チームは、スンニー派、シーア派およびクルド人により構成されていた。すべてのイラク人が、イデオロギーや民族、宗派にかかわらず優勝を喜んだ。久しぶりにイラク人が一つになった。」

アジア大会の優勝がイラク人にもたらした最大の歓びは、まさにこの言葉に集約されているのではないか。

イラクは多くの人種・民族の集合体である。そして、強権的なサッダーム政権以前の政権下でも、宗派・民族対立が殺し合いに発展した歴史は存在しなかった。安定した中央政権が力で潰され、人々はよりどころを失った。このため、元来持っていたアイデンティティがよりどころとなり、自らの安全の保障を含む利権や利益は宗派や民族がもたらすものとなった。不安定が継続する中で、サッダーム政権を徹底的に否定する米国により、「サッダーム的なもの=強力な中央集権、軍や治安機関、バアス党のテクノクラート」は否定され、宗派・民族対立が奨励される環境が整備された。

元来、イラクに存在しなかったはずの宗派・民族を理由とする敵意は政治的対立を越え、すでに深刻なものになっている。

かつてイラクでは、宗派や民族を越えた婚姻関係は普通であった。スンニー派の夫とシーア派の妻、クルド人の夫とキリスト教徒の妻等。しかし、最近では、長年連れ添った夫婦のところに親戚が押し掛け、「親族の多くがシーア派民兵に殺害されている中、なぜおまえはスンニー派なのにシーア派の妻を離縁しないのか」と迫られる事態まで発生している。政治対立が解消されても、宗派対立は社会に根差すものになりつつある。

アジア大会優勝は、イラクのナショナリズムを鼓舞し、イラク人を再登場させた。あと何回イラクが優勝すれば、再び皆が共存する社会が取り戻されるのであろうか。いつになれば、サッカーの優勝に「イラク人」の平和と共存を見出す状況が解消されるのであろうか。

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