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米・イラン対話

28日、バグダードにおいてイラクの治安に関する米・イラン協議が開催された。本協議は、1980年にイランにおいて米大使館が占拠されて以来、初めての公表された高い外交事務レベルの二国間協議であると同時に、以下の二つの重要な意味を有している。

 ○ イランは、現在の中東の安定のカギを握る国である。イランの核開発疑惑をめぐる米国との緊張はもとより、イラク、レバノン、パレスチナを不安定化する勢力に対しイランは一定の影響力を有しており、冷戦以降中東に対する影響力を大きく進展させた米国との関係は、中東の行く末を規定する。

 ○ 米政権の対イラク政策の迷走は、米内政のみならず、国際社会に混乱をもたらしている。11月のイラク研究グループ報告は、イラク問題に関しイランの建設的関与を求めたが、1月にブッシュ大統領が発表した新イラク政策では、イランを排除することが明言されていた。それにもかかわらず、今次対話が実現したことは、米国の政策の転換を意味しているようである。なお、本件詳細については、(財)中東調査会発行中東研究来月号に投稿しているので参考にしていただきたい。

イラクの治安に関連しては、すでに三月にバグダードで行われた近隣国治安会合及び五月にエジプトで開催された安定化会合において、多国間協議の場での米国とイランの接触が行われており、また昨年には、イラク問題に関して米国がイランと協議を行うことを認めるとの方針転換も発表されていた。しかしながら、正式な対話は、これまでの両国の関係に鑑みれば、大きな進展であることは事実である。4時間に及んだ両駐イラク大使間での二国間協議は、イラクの治安に限定された対話であった。現時点での報道を元にしたコメントは以下の通りである。

両国はそれぞれに、複雑な事情を抱えており、多くの制限の下での会談であった。米国としては、イラク情勢がブッシュ政権の頭の痛い問題となっており、特に内政に大きな影響を及ぼしている。その一方で、核開発疑惑を大きく取り上げてイランを外交的圧力の対象にすると共に、ワシントンにおけるイラン・アレルギーには根強いものがある。米国としては、国連の場におけるイランに対する強い立場を維持する一方で、イラク問題に関しイランの協力を仰ぐことを期待しているはずだが、イランの核問題で譲歩を行ったり両国関係を全面的に変化させる環境にはないように思われ、したがって実のある進展のためには、焦点を絞ってイランに圧力をかけざるを得ない。

イランとしては、核問題を含めて米国との関係を進展させることを期待しているはずだ。その一方で、イラク問題をめぐり困っているのは米国の方であり、イランのイラクに対する影響力行使ゆえに、米国を対話の場に引きずり出したとの感覚があるはずだ。したがって、米国に対する安易な譲歩が正しい選択肢と考えているかは疑わしい。またイランの影響力が後退する中でイラクが安定する場合には、米軍にフリーハンドが与えられ、次の標的にイランがなるとの不信感は払しょくされていないはずで、根本的に米国が喜ぶ形でのイラクの安定を歓迎するとは思えない。

このような背景が存在する中での二国間対話終了後、クロッカー米大使は、両国は多くの共通理解に達しており、前向きな対話であったとしながらも、イランによるイラク民兵勢力に対する武器供与停止を求め、現実の場でのイランの協力の兆候が示されることを望んでいると述べた。武器供与については、具体的な証拠を示してイランを追い詰めるというよりも、協力を求めるという姿勢であったようだが、民兵支援と武器供与という二点について具体的成果を求めたようである。

これに対してイラン側は、イラク政府支援に合意する一方で、イランによる武器提供を否定し、イラン・イラク治安協定にも言及されていたイランによるイラク国軍・治安機関訓練を提案し、米国等によるイラク「占領」終了を求めたようである。ただし、一方的な要求だけではなく、今後の対話継続をも提案し、1か月以内の対話再開を求めたようである。

継続的対話及び新たな米・イラン・イラク三カ国協議提案に関する米国の反応は慎重で、イラク側の招請により行われた会議であるのだから、次回会議開催に関するイラクの招請もないうちに本件を語るのは意味がないと明言を避けている。この背景には、時間に対する両国の感覚の相違があるようだ。ブッシュ政権がレイムダック化する中で早急に兵器供与に関するイラン側のコミットメントを引き出したい米国に対し、イランは米政権の行方と米国の対イラン政策について見極め、継続対話のメカニズムの中で二国間の不信感を払しょくして核開発疑惑の解決についても道筋をつけることを希望しているはずである。また、イラクのシーア派主導の政権が迷走し、イランが影響力を急伸させているイラクのサドル勢力が分裂の可能性を呈し始めていることは、イランとして、ただちに影響を行使する手段を制限させることに対する負のインセンティヴになっていると考えられる。

しかしながら、「占領状態」を強く批判しながらも、米軍管理下のグリーンゾーンにおける会談を受け入れたこと自体、イランが前向きであることを意味している。また、制裁下のイラク原油の密輸については、米国の政策に応じて、規模縮小や停止を行いながら、米国にメッセージを送り続けた経緯もあるイランとしては、米国が求める武器供与停止についても、対話継続に向けて戦術的に対処していく可能性があると思われる。

根本的な解決を引き延ばす理由には、イラク国内で米軍が拘束した5名のイラン人「外交官」解放要求が口実になるかもしれない。イランとしても国内でイラン系米国人を拘束する等、取引材料を確保しつつも、米軍がこの「外交官」を解放しないことを批判しながら、対話の継続を阻害しない程度に実質的な進展を遅らせるやり方をとるのかもしれない。ただし、米国がイラン人「外交官」を解放する場合、イランも善意の対応を求められることになろう。

米国はイランに近い勢力に対する攻撃やイラン人「外交官」拘束、イランからイラクに供与された武器公開等を通じてイランにメッセージを送ってきた。イランも、シーア派や民兵支援を通じて米国にメッセージを送ってきた。つまり、これまでもイラクを舞台に両国のまどろっこしい「対話」が継続されてきたと言える。これと比較し、双方が、直接対話を開始したことは進展であり、また対話の実施をPRすることが、両国内政にプラスに働くとの判断が存在することもまた、大きな進展であると言えよう。

イラクにおける混乱に出口は見えず、イラク政権に対する国民の信頼は得られないばかりか、政権自体が迷走し始めている。このような中で、イラクに影響力を最も有する二つの国の対話は、イラク情勢に大きな影響を与える可能性がある。それのみならず、両国の対話は、中東全体に大きな影響を及ぼす可能性があるという意味で、注視を要すると思われる。

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アクセス2万件、ありがとうございました。

昨年の5月にブログを立ち上げて約1年弱、今日、ふと見てみたら、アクセスが2万件を超えていました。

ブログなる言葉は知っていても、書いたことはなく、PCは仕事に欠かせないものの、もっぱらデータベースと原稿執筆、e-mail用途でした。ブログ初心者の若葉マークが取れる前に、数多くの皆さんにアクセスをいただき、申し訳ないやら、ありがたいやら。。。

私の場合、定期的にブログを書こうと思っても、時間の都合がつくときだけになっています。なるべく、関心のあるテーマを選択しようと思っていますが、それもかなわないことが多いのが現状です。それにもかかわらず、多くの皆様に訪問していただけることを励みに書いてまいりました。改めて御礼申し上げます。

それにしても、私の意見をしたためたブログに多くの方が訪れていただくのは嬉しい反面、イラクの混乱が多くの方々の関心を惹きつけていると思うと、アラブ好きの私にとっては複雑至極です。早く、イラクが安定して、イラクの食べ物や生活などをのんびりと書く日々が訪れて欲しいと思っています。

今後も書くペースはあまり変わらないかもしれませんが、引き続きご愛顧ください。

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総理の中東訪問

4月28日から5月3日まで、安倍総理が中東諸国を歴訪した。首脳外交の成果は、必ずしも瞬時の効果をもたらすものではなく、評価を急ぐべきではないかもしれないが、小生なりのとりあえずの評価は次の通りである。今回の訪問は決して絵になる外交ではなく、報道される部分も多くはなかったようだが、それにもかかわらず一定の評価を与えられるべきと考えたので、敢えてこのブログで取り上げた。

総論

安倍総理の中東訪問は、これまでの日本の歴代総理の対中東首脳外交と比較しても高く評価されるべきと思われた。中東は国際的にも重要な地域であるが、日本の首脳による資源外交は他国と比較しても出遅れた感がある中で、具体的な施策を持って中東を訪問したことは、評価されるべきである。

その一方で、経済産業省主導と思われる今回の振り付けから脱し、今後は、オール・ジャパンで対中東産油国外交を展開していくこと、産油国と米国にとり重要なイラン・イラク問題に明確な日本の政策が示されなかったことは、課題として残った。

首脳の資源外交

石油をはじめとするエネルギーの価格が高騰する中で、石油・ガス資源が集中する中東諸国は日本にとり重要な国であることは改めて指摘するまでもない。また、第一次石油ショック直後から、中東諸国に対する石油依存度を下げるといい続けてきたにもかかわらず、依存度は逆に上昇していることに鑑みれば、脱中東よりも中東産油国といかに緊密な関係を築くかを考える方が現実的である。

このような中で、安倍総理は訪問先に、定番のサウジアラビアとエジプトというアラブの大国に加えて、小国ながらも資源大国であり、日本に対する石油並びにガスの供給国として重要なクウェート、アラブ首長国連邦およびカタルを選択した。日本の首脳がほぼ通りすぎるこれらの国を訪問したことは評価されるべきであろう。

具体的施策

航空自衛隊部隊を受け入れているクウェートへの謝意表明、サウジアラビアにおける重層的関係の構築方針表明、エジプト等での中東和平およびイラク問題の意見交換等、定番のアジェンダに加え、やはり特徴的であったのは、湾岸産油国に対する具体的提案であろう。

サウジアラビアに対する沖縄の石油備蓄施設貸与提案は、日本の資源外交に資するのみならず、脆弱なアジアの石油市場の安定への貢献とサウジアラビアの東アジアにおける橋頭堡確保という多面的な側面を有する提案である。アラビア石油の開発利権延長のためにサウジアラビアに何を差し出すかといった議論から、やっと抜け出た感がある。アラブ首長国連邦のアブ・ダビ首長国では、JBICの融資をアブ・ダビ石油公社(ADNOC)に対して行うことが提案された由。日本にとっては、主として途上国向けのODAという制約があり、産油国のように、日本がODAを利用して貢献できる余地があり、戦略的にも重要だが、豊かなゆえに支援できず、外交上の重要なツールである経済支援を行い得ない国があった。しかし、今回の融資は政治的な決断として評価すべきであろう。特に、ADNOCはバランス・シートを後悔していないために、民間金融機関が融資しにくい会社であり、相手側も一定の評価を行うであろう。

また、アラブ首長国連邦およびカタルで経済合同委員会を、それぞれ再開・新規開催することを合意したことも重要である。湾岸産油国では、しばしば官僚機構の整備が遅れており、真のニーズを開拓することに手間がかかる。しかしながら、定期的に開催される経済合同委員会のような枠組みは、双方のニーズの掘り起こしに有効であろう。

このような具体的で且つ日本側のイニシアティヴに基づく施策は、日本の産油国外交に欠けていた部分であり、他の多くの国が産油国外交を積極化する中で出遅れた日本のエネルギー政策の柱を築く端緒になりえるものと考えられる。たとえば、一昨年、昨年と行われた小泉前総理の中東訪問の際には、中東の大国を訪問し、日本の対中東政策を説明したうえで、中東和平等の問題への日本の関与を説明してお土産を与えるという形式の外交であったが、今回の安倍総理の中東訪問は、前総理の訪問と比較しても、より突っ込んだ積極的外交であったと評価できよう。

課題

今次中東訪問の背後には、経済産業省が見え隠れしているようだ。必ずしも官僚主導の外交を否定するわけではないし、総理個人がこのように具体的な施策を立案できるとも思わないが、今次訪問の成果と課題は、縦割りの行政の中に落とすのではなく、エネルギー外交が重要である以上、オール・ジャパンでフォローアップする体制を構築することを急ぐべきであろう。特に、自主開発原油の拡張を掲げた経済産業省の方針の達成が困難になりつつあるように見える中で、単に失敗のしりぬぐい外交にまとまるのではなく、今後の中期的な日本の関与構築へとつなげるものになる必要があるように思われる。「重層的な関係」という言葉は昨年5月に経済産業省が取りまとめたエネルギー戦略で強調された結論の一つであり、また経済合同委員会も経済産業省の取り仕切るところである。しかしながら、重層的な関係を築き、各国のニーズをしっかりと受け止めるためには、省庁の壁を超えた対応が必要である。合同委員会も経済分野に限ることがないように拡大していくべきであろう。

湾岸の小国との関係はやっと緒に就いたばかりであり、今後の首脳外交の継続が望まれる。また、話が具体的であるからこそ、時期的目標を定めて明確な成果を出せるよう努力する必要がある。湾岸の小国に対しては特に、日本側のイニシアティヴが不可欠である。

他方で、より大きなマルチの枠組みの中東和平やイラク問題、イラン問題については、総理訪問にしては見えにくい部分もあったのではないか。イラク戦争時の日本の支援等を通じて、日本に不信感を抱いたアラブ大衆も多い中で、中東の安定に向けて日本がいかなるイニシアティヴをとれるかは重要であり、この欠けた部分について、今後日本の明確な立場を模索していく必要があるだろう。

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ブッシュ大統領の拒否権行使

イラク戦争における大規模な戦闘が終結したとブッシュ大統領が勝利宣言を行ったあの日から、4年たったこの日、ブッシュ大統領は、米軍の一部撤退期限を条件として付した1200億ドル規模の補正予算案に対して拒否権を行使した。

議会は大統領の拒否権を覆す3分の2の票が集まっていないことから、この予算案は葬り去られて終わる見込みだが、大統領と議会の対立は決定的になった同時に、しばらくの間、ブッシュ政権は「国内におけるイラク問題」に首が回らず、動きが取れない状態になったものと理解される。

議会は、予算を「人質」にして撤退を勝ち取る、より正確には、おそらく大統領に拒否権を行使させるための戦術をとったものと考えられる。逆に大統領は、「撤退期限を表明すれば、イラク国民を意気消沈させ、中東全体のテロリストを勢いづける」として、予算が通らなければ軍が十分な活動をできず、部隊交替も満足にできないと述べ、イラクにいる米国民を「人質」にとって、予算を勝ち取ろうとした。来年の大統領選をにらんだ政治的対立の犠牲は、いずれにせよ米軍兵とイラク人のようだ。

2003年5月1日の「終戦宣言」に際してブッシュ大統領は、米軍がテロリストに対する先制攻撃に勝利し、イラクは中東における民主化の先がけになると述べたが、その言葉は裏打ちがなかった。湾岸戦争から政権転覆までの13年間の間にイラク政府の関与が明らかになったテロ事件で外国人が殺害された数はゼロであったが、戦争以降、米軍兵の死者だけで3000名を悠に超え、イラク人に至っては6万人以上が殺害されたと言われている。イラクにおける政治プロセスは混乱を極め、民意とは別に、空虚な政治的争いが対立と不安定に貢献している。2003年5月1日は、終戦ではなく、深刻で新たな対立の日になったと言えよう。

あれから4年、ブッシュ大統領の拒否権発動は、議会の揺さぶりに「終戦」を宣言するのであろうか。それとも、次の大統領が決まるまでの深刻で新たな対立を決定づけることになるのであろうか。その対立の終戦まで、誰が犠牲になるのであろうか。

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