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日本の対イラク支援

最近、ふたたび日本の対イラク支援について語る機会が増えている。

イラクに対する復興支援は人道的に重要で、イラクを含むあの地域に石油を依存せざるを得ない日本にとって経済戦略的にもその価値は高い。また、テロが国際社会の対処すべき問題である一方で、イラク発やイラクの状況に触発されたテロが拡大しつつあるように見える中、テロを育むものが、社会的不安定や大衆の不満に起因するとすれば、イラクへの支援は対テロ対策の顔を備えることになる。

さて、日本のイラクの戦後に対する支援はどうであったろうか?日本の支援は、経済支援、自衛隊派遣および対日債務削減の3つの柱があると思うが、今日は第一の経済支援の内の対イラク直接支援について考えてみたい。

イラク戦争終了後のマドリード会議において50億ドルの支援表明を行った日本は、当時で186億ドル支援を表明した米国に引き続き、第3位以下を大きく引き離して、イラク支援国として高い評価を受けた。その後で暫時支援額を増加させたEUと比較しても、日本の最初の多額支援表明のインパクトは大きかったと言えよう。この意味で日本のやり方は、湾岸戦争終結時と異なり、外交的得点となった。また、世銀やIMFの支援も実際の拠出が遅々として進まず、各国の拠出により作られた復興基金(IRFFI)も少額にとどまったことから、日本の支援に中身を伴う期待が集まったことも事実である。

しかしここに来て、日本の支援が現在のまま進められていいかについては疑問が出てきているようだ。日本の支援は、2003年の緊急復興支援に始まり、2004年度の無償援助、そしてそれ以降のプロジェクト主体の円借款に進むことになっていた。この計画は、イラクの戦後復興が時をかければ進み、石油を主体とする基幹産業の復興と共に、少なくとも2005年くらいにはプロジェクトベースの円借款が効果をあげるというシナリオが前提にあったと考えられる。

しかしながら、イラクの安定は実現せず、表明した円借款もすでにイラク側との間で4件の署名は終わったものの、大きく踏み出した案件はない。当初のシナリオがすでに崩れてしまったのが明白な以上、このあたりで見直してはどうか。米国の対イラク政策が見直されたのを機会として、無償支援や人材育成に力を入れるのも一案ではないだろうか。

サマーワから陸上自衛隊が撤退する以前は、大義名分と具体的な計画立案上の便宜もあり、サマーワを含むムサンナー県に対する支援が集中的に行われた。無償支援の約14%が通常であれば見向きもされないような県に集中したのである。

円借款の地道な実施に向けた状況判断が必要とされている現在、イラク側とのパイプを維持しつつ、効果的な支援を実施するためにも、いったん最初のシナリオを見直し、たとえば、比較的安定している北イラクのような地域にイラク側技術者を集めての人材育成等に無償資金をつけなおす手間と勇気も必要ではないだろうか。信頼あるカウンターパートを育て、雇用のない若者たちがテロに進むような状態を改善することは重要ではないだろうか。また対イラク支援は対米協調にもつながるが、力だけでは国づくりはできないという簡単な論理がわからないように見える米国に対し、日本が提言できるものは少なくないように思える。

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