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イラン製EFPがイラクの米軍を追い込んでいる?

イランをめぐる情勢がきな臭い。米国は二つ目のステニス空母群をペルシャ湾に派遣し戦争状態に近い配備を行っているのみならず、日本のタンカーとの接触により、米原潜がホルムズ海峡付近に展開していることが判明した。イランはこれに対し、対艦ミサイル発射実験を行った。尋常に考えれば、核問題のみならず、イランはイラク、レバノンおよびパレスチナに影響力を行使することが可能なために、イランを巻き込む武力衝突は中東を火の海にする可能性が高く、対イラン武力行使が国際社会にもたらす利益はない。しかしながら、既に中東地域は第一次世界大戦前夜の欧州のように、誤った衝突が大惨事を引き起こす危険な状態に置かれていると言わざるを得ないだろう。

このような中で、米政権は、イランがイラクの過激派に対して高性能爆弾(EFP)を供与している証拠をつかんでおり、このEFPによって米軍の装甲車等にまで被害が及んでいるとした。さらにイランの武器供与の背後にはイランの革命ガードがおり、イランの最高指導層が関与しているとして、ハメネイ最高指導者の関与を示唆した。

その後、ペイス米軍統幕議長が、EFPとイランの最高指導者を結び付ける証拠はないと述べ、米国の対イラン批判はトーン・ダウンしているようだ。当然のことながら、たとえイラン製の武器がイラクで発見されても、それとイランの最高指導者を結び付けるためには、ほかに証拠が必要である。イラク戦争開戦の際の大量破壊兵器保持に関する誤った米国の主張は、今回の米側の主張に対する疑いを強めることになろうが、そもそも、イランはイラクの武装勢力に対してそのようなあからさまな証拠を残す兵器を供与するのであろうか。

米側の主張によれば、イラン製を示すシリアル番号が兵器の破片から見つかったそうだが、イランはすでにアフガニスタンやレバノンに対する武器供与の経験を十分に得ており、そのようなミスを犯さないような学習をしている。さらに、もしもイランが米軍を攻撃対象にしているスンニー派系の武装勢力に兵器を流すとしたら、そこには大きなリスクが伴う。米国との対立のリスクのみならずk宗派対立が激しいイラクにおいて、シーア派のイランがスンニー派の勢力に加担していることが明らかになれば、イランが影響を及ぼし得るシーア派政党や民兵は、どのような思いを抱くであろうか。イランにとってイラク国内の最悪のケースは、隣国にして長期間にわたるライバルであったイラクにおいて、影響力を喪失することにあろう。そのようなリスクを冒すとすれば、きわめて注意深くあるべきなのに、米国の主張によるイランの手法はあまりに明白かつ幼稚である。

イランの関与に関する米国の主張を疑わしいと感じるのは、私だけであろうか?

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ムクタダー・アッ=サドル逃亡?

シーア派組織サドル勢力を率いるムクタダー・アッ=サドルの所在が不明である。一部ではムクタダーのイラン逃亡説も流れており、米軍がバグダードにおける掃討作戦に乗り出した現在、サドル勢力の動きがイラク情勢を左右する可能性が高くなっている。

ムクタダーのイランへの逃亡の真偽は不明であり、マーリキー首相もイラン逃亡説を論理的ではないと否定している。他方、もしもイランに逃亡している場合、イランのコム等には父親のムハンマド・サーデク・アッ=サドル師を通じた知り合いが多い。これまでムクタダーは在イラン・イスラーム法学者の人脈を軽視してきたが、庇護が与えられる可能性は否定できない。

ムクタダーに対しては、2004年のアブドゥ=ル・マジード・アル=ホーイ師殺害容疑で逮捕状が下りたとされる噂もあるが、マーリキー首相はこの噂を否定している。その一方で、サドル勢力外しを目的とした政界再編の動きがみられたり、昨年末以来、サドル勢力の宗派対立への関与が大幅に抑制され、多くの地域でサドル派の民兵の姿か消えていることも事実である(一部のサドル勢力により抑えられたモスク等にはまだ民兵が張り付いているようであるが)。サドル勢力自粛およびムクタダー逃亡をめぐる情報は錯そうしているのが現状である。

逃亡が真実であるとすれば、米・イラク軍合同の掃討作戦の影響と考えるのが妥当であろう。政権側にいるシーア派を含めた違法な民兵に対して等しく厳しい態度で接するとの政権の表明が実施される場合、
 (イ)サドル勢力の掃討とそれに伴う武力衝突
 (ロ)サドル勢力の投降もしくは武装解除
 (ハ)掃討作戦中の活動自粛
のいずれかの選択を余儀なくされるはずである。組織の弱体化を避けたいムクタダーの現時点での選択は(ハ)のようだ。

この選択は、ムクタダーのみならず、イラク政権および米政府にとっても最も好ましい選択かもしれない。表面的には民兵相当を主張しながらも、マーリキー政権は、複雑な事情を抱えている。マーリキー政権の議会内での最大の支持基盤はサドル勢力であり、サドル勢力なしでは政権の座から滑り落ちる可能性が高い。さらに、政界再編の動きも必ずしもマーリキー首相の思惑通り行っていないようであり、サドル勢力掃討は自らの政権崩壊を導くことになりかねない。さりとて、民兵を野放しにしておけば、国民の政権に対する信頼は更に落ちることになり、自粛が最善の選択肢なのかもしれない。また、米政権にとっても同様かもしれない。チャラビー、アラーウィという米国的言語を理解する政治家がイラクを主導する選択肢がない中、シーア派宗教政党ダアワ党のマーリキー政権を米国は受け入れたが、ダアワ党が政権から滑り落ちれば、イランと関係が深いSCIRIが政権を握る可能性が高い。このため米国は、サドル勢力を簡単に見限ることができないはずである。
他方、ムクタダーが明確な指示を出さず、情報が錯そうしている背景にはムハッラム月がある。イスラーム暦の一月に当たるムハッラム月は故事にしたがい停戦の月であり、度重なる挑発的武力攻撃にもかかわらず、サドル勢力はその武力活動を極力抑制してきた。イラク政権側が掃討作戦開始にもかかわらず、スンニー派武装勢力掃討を優先させている口実もここにある。しかしこのムハッラム月は今日にもあける見込みであり、ムクタダーの選択は、近いうちに明確になることになろう。その際に、武力衝突を辞さないことになれば、イラクの政治図は大きく転換する。

スンニー派武装勢力はすでに地方部に散開したともいわれ、過去2週間の現実にバグダード以外の地域でのテロ件数は若干増加の傾向にある。これに加えてサドル勢力が自粛を継続するのであれば、バグダードにおける大規模軍事作戦の表面上且つ一時的なの成功と言われるかもしれない。また、クルド地区より投入したもっぱらシーア派勢力掃討のための部隊の活動がクルドVSシーア派の構図を新たに持ち込むことを予防するかもしれない。しかしながら、宗派・民族対立が最大の問題であるとすれば、根本的解決を先延ばしにするであろう。

ムクタダー逃亡がうわさされる一方で、下部組織の一部勢力が急速にイラク警察に組み込まれているとの噂が流れている。ワッシャーシュおよびイスカーン地区のサドル勢力を警察署に来させるために、掃討作戦中のイラク軍が前線を開けてサドル勢力の通過を許可しているとの情報すらある。この政策は、イラク政権にとりこれは両刃の剣である。保健省組織までをも隠れ蓑にスンニー派殺害に加担してきたといわれるサドル勢力が警察に「巣食う」ことのリスクは大きい。他方で、クルドの民兵と同様に、公的な傘の下で彼らが職と安定を得て治安の維持にもっぱら従事することになれば、サドル勢力が守護となる宗派対立は収束の答えをもたらすかもしれない。

ムクタダーの所在およびサドル勢力が自粛するか否かについては情報が錯そうしているようだが、その背景としては以下が考えられる。
(イ)サドル勢力自粛をプレイアップしたい勢力がいる
サドル勢力は停戦月であるムハッラム月内に多くの挑発的な攻撃を受けており、苛立っている。また統一された指揮系統がないとも言われている中で、組織の団結も弱い。その一方でムハッラム月明けまでに、これまでの挑発に報復するか否か、掃討作戦に対処するか否かを決定しなければならないと考えられている。サドル勢力の中には、ムクタダーの決断を促す、あるいは弱腰を非難するためにムクタダー逃亡説を支持する者がいる。また、反サドル勢力の中にも同様の考えを抱く者がいると思われる。
(ロ)サドル勢力自粛をそれとなくリークしたい勢力がいる
サドル勢力が自粛を選択したことを明確にするために、表向きはサドル勢力を特別視するとは言えないまでも、脅威ではないと示唆したいのは、政権および米国政府かもしれない。そのために、ムクタダー逃亡および民兵組織の自発的武装解除をリークし、戦闘を避ける一方で、目立つ幹部のみを拘束することで矛を収めたいのかもしれない。
(ハ)サドル勢力自粛を知られたくない勢力がいる
ムクタダー及び彼の側近は、組織維持のためにも、一部の幹部が拘束される中での「イラン逃亡」を声高に主張したくないはずであるし、逃亡する理由があるとも思われたくないはずである。

いずれにせよ、この作戦が表面上且つ一時的な勝利にとどまるのであれば、イラク人および政権にとっては見るべき成果をもたらさないかもしれない。他方で、米政府は「勝利」を喧伝しつつ、米軍兵を前線から遠ざけて米兵死者数を減らすことで、イラクの安定とは関係なしに、一部撤退の道筋をつけ、米政権の政策の正しさをアピールする機会を得ることになるかもしれない。

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中東カフェ@銀座

以前このブログで紹介させていただいた中東カフェですが、昨日、銀座で第四回が開催され、小生が司会を務めました。

パネリストには、バングラデシュ、イランおよびモロッコから、訪日され、日本に滞在するムスリム・ムスリマの方々にお願いをしました。

彼らにイスラーム教徒として日本にいることについてお話しいただき、日本の方々からは、在日イスラーム教徒に対する見方をうかがいました。彼らは長年日本に滞在してこられた方々で、知日家ですが、それでも、なるほどという価値観を提起していました。

司会者としては予定調和的に結論を導くことなく、逆に、「なぜテロリストにはイスラーム教徒が多いのか」、「価値観が異なり、日本と調和できないのであれば、なぜ日本に来たのか」などと、わざと挑発的な質問をさせていただきましたが、パネリストの方々の寛容さに助けられました。

興味深いことに、日本にきわめて強い親近感を抱いているバングラデシュ人が、結局日本人ではなく祖国の国籍の女性と結婚したことについて尋ねたところ、彼は、「やはり同じ文科の人間と結婚するのが安心できる」という意味の発言をしていました。また、酒席においてどのような反応を示せばいいか困る、なぜ日本人は型にはまった形式的な質問から抜け出れないのだろうか、といったリアリティに富んだ感想も面白かったです。

きわめて遠い文化かもしれないイスラーム文化との接点について改めて考えさせられました。また、一言でイスラームといっても、それが教義なのか、文化なのか、あるいはその人が育った国の環境を指しているのか等、リアリスティックな問題も痛感しました。

失礼な質問にお詫びしなければなりませんが、その前に、このブログを見ていただいている方々に、中東カフェのお知らせを事前にしなかったことも重ねてお詫びします。私が次回かかわる時には、改めてお知らせしますので、ご容赦ください。

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