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知らない内に

最近、イラク情勢をめぐり、「知らない内に」が流行っているようだ。

1月18日、ダッバーグ・イラク政府報道官は、イラク北部で米軍がイランの外交官を拘束した事件について、何も知らなかったことを強調した上で、「当事者全員に、イラクの主権の尊重を求めたい。他人のけんかにかかわりあいになるのはごめんだ」と述べた。イラクの領土において、米国とイランが小競り合いを行うのは迷惑との発言だ。
本件については、イラク政府はイランが代表部の設置を申請していたところとしていたが、米国はテロ活動を支援するイラン分子を拘束したと主張していた。そもそも、隣国イラクに密接な利害関係を有さざるを得ないイランとしては、代表部を同地に開設することは当然だが、逆に利害関係の強い勢力を非合法な手法を含め、さまざまな形で支援する可能性も排除できない。誰が、何を知っていて、何を知らなかった結果の問題か?

1月19日、ナンシー・ロペス上院議長(民)は、ブッシュ政権によるイラクへの部隊増派が早急に行われることに関し、「イラク戦争は米国民の永遠の責務となってはならない。大統領は、米軍が安全でないところにいるがゆえに、議会が予算を削減できないことを承知している。そのために、彼は部隊を危険な場所に拙速に送り込もうとしている。」と批判した。部隊を送って既成事実を作り上げて、予算を否認できないようにし、米軍を危険な地域に放り込んでいると言っているのだ。知らないふりの殺人と言いたいのか?

1月19日、サーデク・アッ=リカービー・イラク首相顧問は、ムクタダー・アッ=サドル勢力の幹部であるダッラージ氏が、騒擾事件の首謀者として米軍の急襲作戦により拘束された事件に関連し、「この拘束についてイラク政治指導部と協議はなく、本件は新たな治安措置と関係はない。多くの国民の反応をもたらすかかる作戦を実施する前に、イラク政治指導層との協議が必要であった。」と知らんぷりを決め込んだ。この作戦にはイラク軍が参加していたにもかかわらず。

「知っていた」、「知らなかった」、「知らんぷりで」は、政治の常套手段の一つである。それぞれの発言の是非はともかく、イラク情勢がきわめて政治的になっている証左かもしれない。

さて、1月19日、サドル師の側近は、前述のダッラージ氏拘束事件等、一連のサドル勢力に対する攻撃に関し、「戦闘を禁じるムハッラム月ゆえにサドル勢力は反撃を控えているが、我々の我慢には限度があり、ムハッラム月の後に思い知ることになろう。」と述べた。ムハッラム月が明ける2月中旬、我々は何を知るのであろうか。

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米国の対イラク戦略

11日、ブッシュ大統領が、「イラク新政策」を発表しました。この新戦略に対するとりあえずの所見は以下の通りです。なお、本日発刊予定の読売、毎日、産経、日経各紙にも小生の卑見が掲載されるはずなので、ご参照ください。

ブッシュ大統領が会見においてイラク政策の失敗の責任を認めたことから、米国の対イラク政策が大きく転換したとの印象を受けた人もいるかもしれないが、その中身は新味を欠いている。昨年に発表されたベーカー=ハミルトンによるイラク研究グループ報告と比較しても、米軍駐留部隊撤退については時期を明言せずに後退し、イラクの段階的正常化プロセスについてはほとんど触れず、カギとなる隣国イランならびにシリアについては、関与政策ではなく圧力行使というまったく異なるものとなっている。

ラムズフェルド元国防長官が更迭決定後に述べたように、イラクに対処するためには、政治・治安・復興が同時並行的に実施される必要があるが、政治については具体論に乏しく、経済復興については、米国の発表した支援の行き先の半分以上は、地方復興チーム(PRT)および現地司令官の緊急対策費といった軍事色の強いものとなっている。

撤退を早期に実現するための21500名程度の増派が言及されたが、増派だけで問題の解決はない。米軍の集中的運用については、2003年夏の第三機甲師団による掃討作戦の成功例と昨年夏の増派された部隊によるバグダード掃討作戦の失敗が対比できよう。前者については、武装勢力という明確な相手に対し、市内の高い建物を破壊する等の徹底的掃討作戦を行い、その後、4000名を越える精鋭部隊をティクリートに駐留させたことにより、評価すべき成功がもたらされた。後者については、宗派・民族対立の中で適を特定するのが困難であったことに加え、イラク国内政治上の制約の下で、バグダードという大都市で軍事力の行使に制限があったために失敗に帰したと評価できるように思われる。この成功・失敗例を見ると、今回の増派の内、より大規模なバグダードにおける増派は、後者の失敗例に近いように思われてならない。増派が成功を約束するのではなく、戦略的目標と作戦の環境が重要であるようだ。

成功のカギは、イラク政府の決断にかかっているのかもしれない。マーリキー政権がこれまでに実施している掃討作戦は、主としてスンニー派武装勢力と呼ばれるものに対してであった。イラクの治安を回復するためには、宗派・民族に捉われず、民兵の武装解除を実現し、国民のイラク政府に対する信頼を回復する必要があるが、指導力の欠如を指摘されるマーリキー政権が、粘り強くこの努力を継続し、米軍としっかりした連携をとらない限り、成功はないかもしれない。

イランの関与については、より深刻かもしれない。シリア以上にイランは、イラクに対する影響力を保持している。イラク研究グループ報告が指摘するようにイランがイラクを安定する能力を持っているとは思わないが、イラクを不安定化するに十分な能力を有していると思う。このような中で、イランはイラク政策を検討する上で重要だが、ブッシュ大統領は、イランを関与させるのではなく、新たに空母部隊を派遣して圧力をかけつつ、イラクに悪影響をもたらさないよう圧力をかける手段を選択した。そもそも、イラクが安定すれば、イラク領内から米国がイランを攻撃するかもしれないとイランが考える限り、米国のイラクの安定に向けた政策にイランが協力するはずもなく、このような政策は誤りに思われる。

ブッシュ大統領の新イラク政策は、他力本願的な色彩が強いが、来年の大統領選挙の去就のみならず、冷戦以降の米国の対中東戦略の行方に大きな影響を与えかねない。この意味で、イラク政権の立場と米国の対イラク戦略の行方は、今後の国際社会を見る上で注目すべきであろう。

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原子力潜水艦と日本船の衝突:ホルムズ海峡

ホルムズ海峡で米国の原潜と日本のタンカーが衝突したとのニュースを見た。やはり、この海峡での事故かというのが第一印象である。

ホルムズ海峡は幅が約40kmで、タンカーや原潜が通れる幅はその約4分の1と考えられる。ペルシャ湾では夏になると水温が高温に達するために魚が逃げる必要があるが、ペルシャ湾の出口にあたるこの海峡の流れは極めて速く、小魚はこの流れに逆らってペルシャ湾から逃げることが出来ないと言われている航海の難所である。また、アラビア半島側からは砂漠がそのまま海底面を構成しており、海底の砂を巻き上げてしまうためにサメも息苦しくて深い場所を泳ぐことが出来ないと聞いたことがある。そもそも300メートルしか深さがないペルシャ湾の最深部を原潜は推進することに困難が伴うのではないだろうか。さらに、ペルシャ湾は「鯨銀座」であり、潜水艦の回避行動もしばしば起こるのではないか?

このような厳しい自然環境の地域は、イラン・イラク戦争のころから政治的に機微な地域であった。イランがディーゼル潜水艦を導入して以降は、特に米国の監視の目は厳しいと言われる。それにしても、この地域への空母二隻配備体制に原潜、きな臭いことが起こる兆候でなければよいが。。。

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