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マーチングバンド

自衛隊音楽祭りに招待されて、マーチン061118_12110001グ・バンドの061118_12090001演奏を聴きに言ってきました。

当初は、たかが軍楽隊と思っていましたが、なかなかのテクニックと迫力にびっくりしました。フルートを演奏して学校のバンドでマーチを演奏している娘も、「座間の米軍軍楽隊を見たので、行かない」などと言っていたのが、感激した様子でした(ただ、バンドの演奏していたピッコロ・フルートを聴いて、ねだられて、帰り道に高い買い物をさせられましたが...)。

米陸軍バンド、海兵隊軍楽隊なども参加しましたが、陸海空の三自衛隊音楽隊が最も印象的でした。また、北海道から九州までの舞台から参加した自衛太鼓隊は迫力があり、圧倒させられた。

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面白かったのは、今回初参加のインドの軍楽隊で、とさかのような頭飾りをつけて、赤い制服を着た部隊による行進は、あたかもおもちゃの兵隊のようでした。また来年もぜひとも行きたいと思っています。自衛隊さん、ご招待ありがとうございました。

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サッダームに対する死刑判決

サッダーム・フセイン元大統領に対し、予想通り死刑判決が下された。裁判が有する意味などについては、すでにHP(http://homepage2.nifty.com/saddamwho/HP/__HPB_Recycled/courtverdict.pdf)で私見を表明した。

しかし実際に判決が下された法廷におけるサッダームの映像などを見て、改めて感じたことなどを書き留めておきたい。

判決が下された法廷の模様は、米軍の検閲を受けるためにリアルタイムではなく、20分遅れの映像となり、すべてを見ることができたわけではなかった。しかし、サッダームはドゥジェイル事件法廷では、最後まで大統領であり続けたという印象を受けた。昨年10月の初公判におけるサッダームの毅然とした態度ほどではないにせよ、一連のこの事件の裁判におけるサッダームは、イラク戦争が不当で、いまだに国民に選ばれた大統領であり、したがって裁判自体が正当化し得ないとの立場を貫いた。判決を下された際の他の被告とは異なり、サッダームは裁判官をにらみつけ、「イラク国民よ、永遠なれ」、「判事は占領者の召使である」、「嘘つきめ」と発言し続けた。

判決に先立ち、サッダームは弁護団に対し国民向けのメッセージを託し、そこでは、「侵略した国の国民を赦せ、侵略者に加担した者が悔い改めるのであれば彼らを赦せ、国を分断するなかれ」と述べたとされる。サッダームは時に自らの言葉に酔う傾向も強いが、国を思う大統領を演じきった精神力は強いものであったと言えよう。

このようなサッダームの姿を、イラク国民は強い感情と共に受け止めたのではないであろうか。サッダーム時代に郷愁を覚え、シーア派やクルド人に対し対抗意識を抱くスンニー派の人々は、サッダームに対する同情を強くしたのではないだろうか。逆に、へこたれないサッダームに対し、多くのイラク人たちは、嫌悪感を覚えたかもしれない。これをきっかけに、デモや更なる民族・宗派対立が起こる可能性は否定できない。しかしながら、サッダーミストの力が衰えた現在では、混乱の拡大は限定的で、10月以来の悪化した治安状況がしばらく続くことになる可能性が最も高いのではないか。イラク国外のアラブ人たちの中には、この判決をきっかけとして、反米感情とサッダームに対する同情を強める者たちがいるかもしれない。

その一方で、今回の裁判でもっとも利益を得たのは、中間選挙を間近に控えたブッシュ政権ではないだろうか。ブッシュ政権の対イラク政策に対する米国民の見方は冷たいようであるが、米軍を撤退させてイラクが混沌に陥れば米国の政策が誤りであったことが明白になり、逆に撤退したことでイラクが落ち着くのであれば米軍のやり方に批判が集まる。さらに米軍が長期的に駐留することを宣言することは米国民を刺激することになる。大量破壊兵器問題等の戦争の根拠そのものが希薄になった中で、サッダームの圧制を廃したことは、ブッシュ政権の最後のよりどころであり、それゆえ、この死刑判決はブッシュ政権が現時点でイラク問題に関して国民にアピールできる唯一のカードかもしれない。それは、サッダーム拘束やザルカーウィ殺害と同様の成果として国民に訴えることができるカードであろう。中間選挙の2日前というタイミングに判決が下されたことは、米国の指示ではないとしても、イラク政府の配慮であったと考えるほうが自然かもしれない。

サッダームに対する裁判はこれで終わりではないが、死刑判決後のイラク政権の対応、米政府の扱いと中間選挙の帰趨、イラクの治安等、イラク情勢はまたひとつのターニング・ポイントを迎えているのかもしれない。

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履修漏れ

有名進学校を始めとする多くの学校で必修事業以外の科目に履修漏れが発生した事件が世間をにぎわせている。この事件を取り上げるのはいまさらという気もするが、敢えて。

そもそもこの事件、現在の学校のあり方を問うている気がする。高等学校が大学受験のためのツールになった結果、「不必要」とされる科目は省き、受験技術を教える傾向が強まっているようだ。特に、少子化が顕著で、学校による生徒の囲い込み競争が激しくなって、「勝ち組」と「負け組」の学校が明確に分かれる中、この傾向はさらに強まっているようだ。

受験生を抱える父親として、以前学校説明会に行ったことがあるが、説明会会場で先生が、ひたすら受験対策を強調し、『特進クラスでは、もちろんクラブもやらない』などと話していたのには閉口した。大事なティーンズ・ライフはどこにあるのか、生徒の生活は説明会ではまったく見えないではないか、との印象を強くした。いじめ、引きこもり、不登校などが問題になる中で、生徒の生活がなおざりにされて学校における特定の技術が強く志向される傾向は肯定されるのであろうか?「特進クラスなど。。。」というと、受験生を抱える我が家の奥さんから、「娘の印象が悪くなるでしょ」と起こられそうだけれど。。。

私は、超一流といわれる国立大学とはるかに受験の基準が劣る大学で教えたことがあるが、両方の生徒が持っているものの差がきわめて大きいとは思えなかった。話してみると、両方の生徒共に、光るものがあり、柔軟な思考が導く刺激ある発想を持っている子供たちが含まれていた。異なるのは、超一流大学では論文を書くという技術が優れており、基礎的な知識が習得されていることのみであったといっても過言ではない。豊かな才能を伸ばせない教育システムが、一流大学への入学生を選別する日本の教育システムなのであれば、日本の未来は暗い。

履修漏れの議論では、追加履修がもたらす生徒の負担や平等性の問題等が議論されているが、その中に履修漏れの対象となった世界史の重要性を説く議論はほとんどないようだ。高等学校で教える中身は、それほどに評価されていないのだろうか。

ここはひとつ、受験科目に含まれていないことを逆手にとって、世界史の授業から、人の名前や年号を一切覚えさせないで、生徒の考える力をつける授業にしたらどうだろうか。「ゆとりの授業」などといって受験のための自習時間にするよりもはるかによいのではないだろうか。

私が通っていたエスカレーター式の高校では、受験がないために特異な授業が横行していた。日本史は一年を通じて「荘園」しかやらなかったように記憶している。大学に入った後、この高校の卒業生は鎌倉幕府成立の年号を言えなくとも、中世日本の荘園が有する社会的背景や歴史的意味を語らせると強かった。それどころか、歴史的思考、論述の論理構成が鍛えられたように思う。荘園の細かな知識は社会に出た後になんら役に立たなかったかもしれないが、得がたい『地頭力』を鍛える機会を得たような気がする。

履修問題が示しているように思われる日本の教育システムの問題は、生徒だけではなく、日本社会にとって大きな損失を浮き彫りにしているように思われるのだが、みんなで変えることは不可能なのでしょうか?

特進クラスを抱える学校の先生、うちの娘が受験するときには、このブログは忘れてください。

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