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安全の代金?

米国の独立記念日を前にして、ボストンに滞在しています。

マサチューセッツ工科大学安全保障プログラムのバリー・ポーセン教授と話していて、考えさせられる話がありました。

彼は、「湾岸諸国の石油は年間3000億ドル程度の生産がされているが、これを守るために米国は数千億ドルを使っている。石油が政治的商品である以上、安全保障にもコストがかかる。このような努力の成果を日本や他の国々はほとんど無料で受け取っている。石油価格には安全保障費が上乗せされるべきだ。」と言っていました。

米国が中東にかけている軍事費は、決して石油を守るためだけに拠出されているわけではなく、冷戦後の影響力拡大、米国が影響力を確立しなければ他の国に抑えられる恐怖、米国内の雇用対策、テロ戦争と称する介入による米国の利益確保、等々のために拠出されているはずである。また、この「努力の成果」も均等に世界が享受しているわけではない。

このように考えると、ポーセン教授の議論は的外れである。しかし、多くの日本人は理解していないようにも思われるが、もちろん安全は無料ではない。石油価格に安全保障費を転嫁しろとの議論もあながち根拠がないわけでもない。

それ以上に、冷戦後の唯一のスーパーパワーの世界は、もしかすると「みかじめ料」の世界なのかもしれないと考えさせられてしまった。

そういえば、沖縄の海兵隊基地移転費用について大きな議論がなされたが、そもそも米海兵隊は日本を直接守っているのかは大きな疑問で、「不安定の弧」に対処する意味合いも強かったはずである。そうであれば、「日本を守る米海兵隊に応分の負担をする」という政府の主張は説得力がない。しかし、唯一のスーパーパワー世界となったポスト冷戦環境では、この親分に近い日本としては、「みかじめ料」を払うのは当然のことになったのかもしれない。

誰から守ってもらうための負担かはわからないが、「みかじめ料」ってそんなもんだよね。

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